
2025.10.31 No.464 校長 山口 旬
心配する相手がいる幸せ
コロナ前のことですが、一時期一人旅にハマったことがあります。それも誰も行かないすごいけどマイナー場所をねらって。ベスト3はケニアでサファリ、ヨルダンのペトラ遺跡、ウズベキスタン青の都サマルカンド。
一人旅の醍醐味はいろいろあります。他人に合わせなくてもいい。自分は行きたいのに相方が嫌がるから泣く泣く断念した、自分はまっぴらごめんなのに仕方なく付き合う羽目になったということがない。
私の場合はあまりに行き先がマイナーすぎて誰も付き合ってくれる人がいません。東南アジアの辺鄙な地方とか、あまり有名でない国だとか、ましてやガス電気水道トイレのないホームステイだとか。
どちらかというと人のいかないところに行きたい天邪鬼タイプなので、パリとかロンドンとかはあまり興味ありません(あるけど)。というか優先順位としてはもっとマイナーなところの方が好み。
なので小学校でバングラデシュなどの活動を長らくやってはいますがだれも担当を引き継いでくれる人はいません。たとえて言えば、藪の向こうに変な物を見つけて掻き分けて行ってみるととても面白いものがあった。見て見てこんな面白いものを見つけたよ。でもせっかくやぶの中に道をつけたけど誰一人来たがる人はいなかったというパターン。だからこそ唯一無二の活動なんですけど(負け惜しみ)。
一人旅をしていて一番の魅力は友人ができる、できやすいことです。もちろん複数で出かけてもできますが、一人旅のそれは格別のものでした。ケニアではサファリのキャンプでガードマンのマサイ族の青年と仲良くなり、ある意味命を救われました(このネタは次回以降に)。ペトラ遺跡では現地で出会った同じく一人旅の青年と仲良くなり、サマルカンドでは現地ガイドとやたら仲良くなり、いずれも一人ぽっちで食事をすることもなく幸せな時間を過ごしたものです。またアジアの地方に行くとしょっちゅう家に招かれます。日本では見ず知らずの人を自宅に招くというのは結構抵抗があるというかほぼ非常識の部類に入りますが、国によっては客人をもてなす、お客が来てくれることが最大の喜びだという光景は珍しいことではありません。
ひとりぽっちだからこそ声をかけてくれたかもしれない。自分も相手が一人だから声をかけやすかったのも事実。お客に招かれても相方がいれば相談して躊躇したかもしれない。相手がカップルだったらそうやすやすとは声かけませんし、それは野暮というものです。だからこそ一人旅はやめられない。
旅の楽しみ方はそれぞれ、物見遊山も結構、お金を使って買い物をするもよし、超有名スポットを訪れて写真を撮って帰国してから自慢するのも一興。見知らぬ街をあてもなく街歩きするのも楽しい。
でも旅の一番の贈り物は、現地に知り合いを作ること。友人ができること。心配できる相手に出会えること。
遠い地に自分の知っている人がいる。もしお互いの国に自然災害や事故があったとき、あの人は大丈夫かな、元気にしているかなと心配する相手がいる。こちらが心配すると同時に、向こうもこちらのことを心配してくれている。自分には心配する相手がいる。それを私たちは隣人と呼びます。さんびかにも「となりびとはだれでしょう/となりびとになりましょう」と歌っています。旅の最大の財産は人との触れ合いなのです。
国際交流とは、それこそ心配する相手を作る活動です。バングラと交流していた時から、小学校に異国の友人を招く日がいつか来ないかと夢見ていたものです。隣人ができる、隣人になることのなんとすばらしいことか。私たちと姉妹校となった台湾大村小學の友人たちが来校し、今日までともに楽しい時間を過ごすことができました。いろんな場面で小さな出会いがあり、隣人として今後も繋がっていくことでしょう。ホストファミリーとしてご協力いただいたご家庭の皆様、どうもありがとうございます。学校としてもかつてない忘れ得ぬ一週間でした。
